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東京高等裁判所 平成元年(ネ)1146号 判決

控訴人 東京高等検察庁検察官 検事長 ○○

控訴人補助参加人 金信明 外1名

被控訴人 林陽子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人補助参加人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人補助参加人ら

1  原判決を取り消す。

2  (主位的)

本件訴えを却下する。

3  (予備的)

被控訴人の請求を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者の主張は、原判決事実摘示のとおりであり(ただし、原判決6枚目裏3、4行目の「ところ在外国民」を「ところ(在外国民」に改める。)、証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第1ないし第3号証、第5、第6号証、第10号証、第19号証の1、第21号証の1ないし88(原本の存在も認められる。)、第27号証、第29ないし第31号証の各1、乙第3号証、弁論の全趣旨により控訴人補助参加人ら主張のような写真であると認められる乙第11号証の1ないし4、原審証人金世正の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  国籍を韓国とする林明博(本籍韓国済州道北済州郡○○××××番地。昭和2年12月28日生)と同じく国籍を韓国とする金光順(本籍韓国済州道北済州郡○△××××番地。昭和7年1月20日生)とは、昭和27年5月日本において結婚式を挙げ、日本で結婚生活を始めたが、日本においても韓国においても婚姻を届け出なかつた。

2  林明博と金光順との間には、長女被控訴人(昭和28年7月25日生)、長男林文栄(5歳位で死亡した。)及び次男林文龍(昭和30年12月28日生)が生まれた。

林明博は、昭和30年10月24日、横浜市中区長に対し、昭和28年7月25日に林明博と金光順との間の嫡出子として被控訴人が生まれた旨の出生届を提出した。

3  林明博は、日本において旅館業等を営んで不動産等の資産を形成したが、昭和57年4月20日死亡した。被控訴人と金光順との間において、林明博の相続をめぐつて紛争を生じ、被控訴人は、金光順が法律上林明博の妻でないから相続分はない旨主張し、金光順はこれを争つた。

4  金光順は、昭和58年3月、韓国の済州地方法院に対し、検察官を相手方として、金光順は林明博と昭和25年1月ごろ事実上婚姻し昭和27年5月1日に日本の住居地において法定の婚姻届出をし法律上の夫婦として生活してきたが、韓国の戸籍に婚姻届出の事実が記載されていないことが判明したので、金光順と林明博とは昭和27年5月1日婚姻した夫婦であることを確認する旨の審判を求める旨申し立て(後に婚姻の日を昭和27年7月16日と変更した。)、証拠として昭和27年7月16日に林明博と金光順との婚姻届が受理されたことを証明する旨を内容とする偽造された昭和58年7月15日付東京都荒川区長作成名義の受理証明書を提出した。済州地方法院は、昭和58年8月25日、右受理証明書等に基づいて、金光順と林明博が昭和27年7月16日当時の住居地である東京都荒川区において同区長に法定手続に従つた婚姻の届出を行つた旨認定し、金光順と林明博とは昭和27年7月16日婚姻した夫婦であることを確認する旨の審判を宣告し、右審判は確定した。また、金光順は、昭和58年7月27日、韓国において、前記偽造された東京都荒川区長作成名義の受理証明書の謄本を提出して婚姻を届け出て、前記林明博の戸籍に妻として入籍した。

5  金光順は、昭和59年4月3日、東京都足立区○○×丁目××番×号○○病院において、自らが林明博の相続人であることを前提として、(1)預金を除く財産(林明博から相続により取得するものを含む。)を前記林文龍に相続させる、(2)預金全部を金光順の弟である金世正に遺贈する、(3)被控訴人を相続人から廃除する、(4)控訴人補助参加人両名を遺言執行者に指定する旨の遺言公正証書を作成したが、昭和60年7月24日死亡した。

6  前記4の事実を知つた被控訴人は、韓国の済州地方法院に対し、検察官を相手方として、林明博と金光順との間の昭和27年7月16日東京都荒川区長に届け出た婚姻は無効であることを確認する旨の審判を求めた。済州地方法院は、昭和63年11月24日、前記受理証明書は偽造であり、林明博と金光順は婚姻の届出を行つていないから、右両名の間に婚姻の効力は生じていないとして、前記届出の婚姻は無効であることを確認する旨の審判を宣告し、右審判は確定した。右審判に基づき、金光順は、昭和63年12月21日に前記林明博の韓国の戸籍から除籍された。

7  金光順の前記遺言で遺言執行者に指定された控訴人補助参加人ら及び前記金世正は、林明博と金光順の婚姻及び前記遺言が有効であるとして、林明博の遺産に対する被控訴人の相続分を否定しているが、被控訴人は右遺言の効力についても現在これを争つている。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

二  本件訴えの適法性について

身分関係の基本となる婚姻関係の有無に関して現在具体的な法律上の紛争が存在し、右婚姻関係の有無により自己の身分関係上の地位に直接影響を受ける場合には、婚姻当事者以外の第三者であつても、紛争の解決と身分関係上の地位の明確化のために右婚姻関係の有無につき確認を求める法律上の利益及び資格があるものというべきである。そして、右のような法律上の利益が現存する限り、婚姻当事者双方が既に死亡していても、婚姻関係の有無を確認の対象とすることは妨げなく、その場合には、人事訴訟手続法2条3項の規定を類推適用して、検察官を相手方としてその確認の訴えを提起・追行することができるものと解するのが相当である。

本件についてみるに、林明博は昭和57年4月20日に死亡し、同人の相続については法例25条により被相続人の本国法たる韓国法が適用されるところ、韓国民法は、財産相続について、被相続人の直系卑属と被相続人の妻とが同順位で共同相続人となると定めている(同法1000条、1003条参照)が、被控訴人は林明博の直系卑属であると認められる。すなわち、林明博と金光順が法律上の夫婦でないとしても、認知の方式については、法例8条により、行為地法である日本法の適用があるから、前記一で認定したとおり、父である林明博から被控訴人を嫡出子として横浜市中区長に対して出生届が出され、これが受理されたことによつて、右出生届は認知届の効力を有すると解されるので、被控訴人は林明博の直系卑属と認められる(なお、韓国戸籍法62条も、父が婚姻外の子について嫡出子出生の申告をしたときは、その申告は、認知の申告の効力を有する旨定める。)。そうすると、被控訴人は、林明博の相続人として、林明博と金光順の婚姻関係の有無により自己の相続に関する地位に直接影響を受けることになるし、また、金光順の前記遺言の効力に関する紛争とも相まつて、右婚姻関係の有無不明から生じる自己の身分関係上の地位の不安定を防止する必要も認められるので、個々の遺産に関する所有権確認ないし引渡請求等の訴訟によることなく、林明博と金光順との婚姻関係の有無につき確認を求めることができるものというべきである。林明博と金光順の婚姻について日本戸籍に記載がなく、その戸籍訂正の必要がないというだけで、右確認の利益を否定することはできない。そして、林明博と金光順が死亡した後は、検察官を相手方として右婚姻関係の存否確認の訴えを提起・追行することができることは前記のとおりである。

したがつて、本件訴えは適法というべきである。

三  被控訴人の請求の当否について

1  婚姻成立の要件について、法例13条1項但書は、その方式は婚姻挙行地の法律による旨定めている。

前記一で認定したところによれば、林明博と金光順との婚姻は日本において挙行されたと認められるところ、日本民法の規定により婚姻成立の要件とされる日本における婚姻の届出(戸籍法25条2項、74条、同法施行規則56条)をしなかつたものであるから、右婚姻は法律上成立していないと認めざるを得ない。

金光順は、前記一で認定したとおり、林明博の死後、韓国において、偽造した受理証明書を提出して婚姻の届出をし、林明博の戸籍に妻として入籍しているが、日本における有効な婚姻の届出にならないのはもちろん、韓国の渉外私法15条1項但書も、婚姻の方式は婚姻挙行地の法による旨定めているから、右届出をもつて林明博と金光順との婚姻が韓国法上有効であると解する余地もない。

2  控訴人補助参加人らは、韓国済州地方法院において林明博と金光順との婚姻の存在を確認する旨の審判があり、右審判は民訴法200条所定の要件を満たすから、被控訴人の請求は棄却されるべきである旨主張する。

しかしながら、控訴人補助参加人ら主張の審判が民訴法200条所定の確定判決に当たると解するとしても、前記一で認定したとおり、右審判は、偽造された受理証明書に基づくもので、詐欺的手段によつて取得されたものと認められるから、民訴法200条3号の要件を満たしていない。

したがつて、控訴人補助参加人ら主張の審判は日本において効力を有しないものであり、同人らの前記主張は理由がない。

3  控訴人補助参如人らは、被控訴人が本件訴訟を提起するのは権利の濫用である旨主張する。

しかしながら、被控訴人が林明博の正当な相続人としてその遺産に対する相続権を主張することは、もとより許されるべきであり、右相続権を確保する必要から両親の死亡後においてその婚姻関係の効力を争うことが権利の濫用であるとまで認めることはできない。

したがつて、控訴人補助参加人らの権利濫用の主張も理由がない。

四  以上の次第で、被控訴人の本訴請求はこれを正当として認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法95条、94条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 山中紀行 小林正明)

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